みなさん、こんにちは!SAORIN☆です。
このコラムでは、私の独断と偏見と趣味嗜好に基づいてさまざまなクラシック音楽をご紹介していますが、それだけでは偏りが生じてしまうかもしれない…ということで、みなさんからのリクエストも受け付けています。電脳音楽塾オンラインサロン内限定にはなりますが、「こんなクラシック音楽を紹介してほしい!」というご要望がありましたら、ぜひお寄せくださいね。
今回のコラムは番外編第2弾。デンマークの作曲家アナス・コッペル(Anders Koppel)の弦楽四重奏曲第1番・第2番とメゾ・サクソフォーン五重奏曲をご紹介します。3曲とも1つのアルバムに収録されているため、今回は1枚のアルバムをまるごとご紹介することになります。
クラシック界ではあまり知られていないコッペルですが、実はデンマークの名ロックバンドThe Savage Roseの元メンバーであることから、すでにご存じの方もいらっしゃるかと思い、番外編としてご紹介することにしました。最後までお付き合いいただけたらうれしいです。
1947年7月17日、コッペルはコペンハーゲンで生まれました。父ヘアマン・D・コッペルは作曲家でありピアニストでもあったため、コッペルは音楽に囲まれた環境で育ちます。幼少の頃からピアノやクラリネットを演奏していたコッペルは、早い段階で楽譜や器楽編成法について熟知していたと言われています。時を同じくしてコッペルは実験音楽に積極的に関わっていましたが、それは1960年代から70年代にかけて起こった若者たちによる社会改革運動の一環でもありました。
出典:TEATER BILLETTER</cite<
1967年から1974年までの7年間、コッペルはオルガニスト兼作詞家としてロックバンドThe Savage Roseに所属しています。The Savage Roseは当時のデンマークのロック音楽シーンにおける最も著名かつ革新的なバンドだったと言われており、コッペルはバンドの立ち上げにも携わった主要メンバーの1人でした。1974年のThe Savage Rose脱退以降、コッペルは現代音楽の作曲にますます没頭するようになります。
コッペルは作曲家としてだけでなく、バンドBazaarのメンバーとしても精力的に活動します。Bazaarは即興演奏とバルカン音楽、そしてコッペル自身の楽曲を組み合わせるという独特の表現方法を数十年に渡って構築し続けています。また、1996年からはメゾ・サクソフォーン奏者である息子ベンヤミン・コッペルと共に立ち上げたKoppel-Andersen-Koppelというアンサンブルトリオでも活動しています。
こうした演奏家としての経験から、コッペルは大衆向けの音楽を作り上げることの重要性に気づき、それが独自の外交的で魅惑的な音楽を生み出し続けることに通じています。コッペルの音楽の多くがクラシック音楽における調性の視点や個々の楽器による自然な表現方法など、型にとらわれずに流れていくような特徴を持っているということも大きなポイントですね。また、コッペルは映画や劇、バレエのための音楽を200ほど作曲しており、結果としてタンゴやサンバ、キューバ音楽といったラテンアメリカの音楽スタイルに対する親しみや愛をクラシック音楽に取り込むという音楽的手法に磨きがかかっていきます。
コッペルは自らの作品にワールドミュージックやロック、ジャズのテイストを取り入れつつも、ヨーロッパのクラシック音楽の伝統にしっかりと根ざしています。作曲家としてのコッペルのキャリアは、現代音楽においてそれらの文化を融合させていくために続いていると言っても過言ではありません。コッペルのどの作品にも演奏家と聴衆との間で力強く率直に感情やエネルギーを交流させあう、いわゆる特殊能力の特徴が見受けられるのは、コッペルがそうした独特のスタンスを取っているがゆえのことなんですね。
このアルバムは、いわゆるジャケ買いで成功したシリーズの1つです。カラフルでありながらシックにまとまったジャケットに釘付けになりつつも、ふと解説に目を向けると「ヨーロッパ音楽にしっかりと根ざしながらも、民族音楽、ロック、ジャズのテイストを織り交ぜながら、独自の音楽を構築することで人気の高い作曲家」とのフレーズが…。これは買うしかない!ということで試聴もせずに購入しました。(しかもセール品だったため、SACDなのに500円でお釣りがくるという破格の値段でした)
さっそく聴いてみると、躍動感に満ちた旋律が口火を切ったかと思えば、ゆったりとした美しい旋律が入れかわり立ちかわり現れますが、全体的にどこか安定しない印象を受けます。ただ、その不安定さによって居心地の悪さを感じることはなく(そう思うのは私だけかもしれませんが…^^;)、むしろその旋律の中に思わず引き込まれてしまいそうになる、何とも不思議な感覚を味わったのでした。
ここからは、それぞれの作品について説明していきますね。
「弦楽四重奏 第1番」(1997年)
「きっちりと型にはまった音楽版花火大会」と形容される弦楽四重奏第1番。明瞭かつ厳密な表現が特徴的であるほか、4つの弦楽器が織りなす無数の鳴りや力強い可能性によって、コッペルの持つ賑やかなイマジネーションがはっきりと証明されています。
第1楽章 Allegro con brio
聴き始めるや否や、きっちりとしたハイテンポのボレロのリズムと、急かすようなグリッサンドや容赦のない暗い哀愁とタンゴの香りを纏って何度も繰り返す情熱的な半音階のテーマの間を行ったり来たりの第1楽章。ここにクレズマー(東欧系ユダヤ人の伝統音楽)を断片的に踊っているかのようなアンバランスで野性的に揺れ動く間奏が加わったかと思えば、地に足の着いたチェロのピチカートによって全体の雰囲気が安定していきます。
第2楽章 Lento
第2楽章は脈動の激しかった第1楽章の残響から始まり、旋律はトランス状態に移行していきます。静かな倍音によって始まり、微かに唸るようなトレモロと絶え間のない急かすような音の流れからなる暗い旋律の魅惑的な組み合わせが地平線へと消えていくようなイメージです。この楽章にはコッペルの音楽的サスペンスを生み出す才能がしっかりと反映されています。その一方で、コッペルは音楽において手本としている人物の1人ベーラ・バルトーク(ハンガリーの作曲家)による形式も肝に銘じていました。バルトークは表現手段としての弦楽四重奏のための新たなスタンダードを作った人物であり、神秘的な夜の雰囲気を演出することにも長けていました。この「神秘的な夜の雰囲気」は、第2楽章の終盤で姿を現します。
第3楽章 Moderato misterioso
第3楽章も前楽章である第2楽章の残響を引き継いで始まります。繰り返される音のパターンでできた最小限の旋律の中で全体的に低音から高音へと移りますが、ほどなくしてこれが固有の爆発力を持ったモチーフであるということがわかります。というのも、4つの弦楽器が数小節に渡って、自然力で爆発したかのような渦のなかで一体化し続けているからなんですね。その嵐に孕まれていた怒りが尽きると、第1楽章や第2楽章で出てきたテーマとリズミカルなモチーフがカーニバルのように列をなして通り抜けていきます。第3楽章では短く熱狂的なフーガが現れますが、これはベートーベンの四重奏にインスパイアされたものであると言われています。他にも斬新で耳慣れない形式がいくつか現れますが、最後はブルースジャズのコードを匂わせるようにしながら消えていきます。
「弦楽四重奏 第2番」(2008年)
弦楽四重奏第2番はドラマチックな展開を特徴としている一方で、宇宙的な感覚や観念が大きなポイントとなっています。コッペル自身は「8月の夜空を見上げたときに見える無数の星々にインスパイアされ、永遠という時間や目の前に広がる光景が火花を散らすかもしれない今この瞬間に思いを寄せることで完成した作品である」と語っています。
第1楽章 Larghetto
セカンドバイオリンの独奏によって無数の星々が輝き出し、長い展開部が現れる第1楽章。オープンコードと息の長い音の数々で構成されている展開部は、広大な天空の始まりを予感させます。のちに極度に流れたり揺らめいたりする音が現れますが、全体のバランスは保たれます。天地を結び付けようとしているかのような揺れる三連符の旋律は、宇宙の果てしなさを彷彿とさせます。
第2楽章 Allegretto, con delicatezza
繊細に光り輝く第2楽章は、ケプラーの法則に基づく明確な音楽的ゲシュタルトによって組み立てられており、音楽が永遠に軌道を回っているかのような構成になっています。例えば地球は半音という最小限の間隔で描写されていますが、水星は少しずつ上昇していったりスタート地点に戻ろうとしたりする長めの音で描写されています。音楽的ゲシュタルトとは、惑星の軌道と同様、基本的な性格や雰囲気は不変でありながらも音楽の流れによって新たな音楽的要素を提示されていくという穏やかな滑空パターンの中で組み合わされたものであると言えます。
第3楽章 Allegro agitato
第3楽章もまた、途切れることのない音楽的な流れを特徴としていますが、前へと押し出す推進力を持つ三連符が最初から最後まで続き、テンポが煽り立てられます。(agitatoって指示されているぐらいですしね…)第3楽章はコッペルがショパンのピアノソナタにインスパイアされて作曲したと言われており、短く渦巻くフィナーレは容赦なく一貫したリズムで展開されます。(つまり、一瞬たりともテンポは緩まないということですよね)コッペルはその意図について「今この瞬間と、私たちの惑星(=地球)や人生が動いていくときの目まぐるしいスピードを表現するためである」と語っています。
「メゾ・サクソフォーン五重奏」(2008年)
メゾ・サクソフォーンはソプラノ・サクソフォーンのスマートさとアルト・サクソフォーンの柔らかな音色や深さを併せ持つ、クラシック四重奏の楽器に混ぜるために作られたかのような楽器です。ブラームスのクラリネット五重奏に出てくるクラリネットと同様、コッペルはメゾ・サクソフォーンを4つの弦楽器の間で自由に動き回らせています。このアルバムでメゾ・サクソフォーンを演奏しているのは、息子ベンヤミン・コッペル。父の作品を息子がどう解釈し表現するのかも見どころ(聴きどころ?)の1つです。
第1楽章 Allegro con brio
第1楽章では、5人の演奏家全員にソロが課せられます。リズミカルな創意工夫と美しい旋律的な断片とが一緒になって回っているかのような旋律が次々と現れます。ユーモアや気楽さ、そして夢のような一瞬のセクションが楽章全体を通じて熱狂的な入れかわりを繰り返していきます。(確かに第1楽章には不安を感じさせるような旋律は出てきませんね、Scherzoみたいに終始おどけているかのような印象を受けます)
第2楽章 Largo “Die Insel der Toten”(Böcklin)
第1楽章に登場する人生肯定のダンス(字面だけ見ると「どんなダンスだよ!」って突っ込みたくもなりますが^^;)は、いわば停止すべきタイミングが来たところで本当に突然終わってしまいます。これは本来の展開部というよりも、停滞した音のまとまりに旋律を支配されている様子を表現した部分なのですが、この部分は棺を乗せた小さなボートがあの世という離島へと向かおうとする光景を描いたベックリン(スイスの画家)の絵画の陰鬱な雰囲気にインスパイアされてできたと言われています。また、第2楽章の冒頭では、小刻みではあるものの音が効果的に遷移していくため、美しさと痛みとの間の境界線がわずかに交差しています。やがてこれが揺れ動くリズムを特徴とするクラシックの舟歌であるということがわかります。のちに穏やかな旋律の波動に包まれていくにも関わらず、死がすぐそこまで来ているかのような奇妙な感覚が続いていきます。(穏やかな旋律のなかにどこか不安定な要素が見え隠れしているということなのでしょうね)
第3楽章 Moderato con moto
第3楽章は、人生が再び解放されたという感覚を表現するためか5人の演奏家全員に即興演奏(=アドリブ)が求められます。(聴き手は楽しいでしょうけど、プロとはいえかなり高度な演奏技術が必要なんじゃないかな…)譜面どおりの規則正しい旋律のなかに即興演奏を巧妙に組み入れていかなければならず、もちろん失敗は許されません。例えば、空想に耽るサクソフォーンと情熱的に歌うチェロがデュエットで極めて短い即興演奏を披露しますが、短いからとはいえ後戻りできないという意識があるからか、優しい雰囲気の旋律のはずなのにどこか緊張感がありますね。ベンヤミン・コッペルの持つ独特の音楽的才能に合わせて作られたというサクソフォーンのソロ(ベンヤミンは即興でさらに濃厚な色付けを施しているようです)に導かれるようにして第3楽章は終盤へと進み、大成功に終わります。
今回のコラムを執筆するにあたり、The Savage Roseのアルバムを20枚ほど聴いてみました。私自身ロックにはあまり詳しくないのですが、サイケデリックロックやプログレッシブロックをメインとしているからなのか、独特の浮遊感が漂う曲(上手い表現が見つかりませんが、イメージとしては無印良品の店内で流れてそうな曲)が多いです。それは今回ご紹介したアルバムにも反映されている印象があります。
デビューから50年余りの間にメンバーチェンジも何度かあったみたいですし、もちろん時代背景も絡んでくるとは思うので、年代によって、また個々のアルバムのテーマによって雰囲気は変わりますが、ガシガシとした感じの激しい曲は少ないですね。
もしご興味があればですが、1968年リリースの1stアルバムTHE SAVAGE ROSEと2017年リリースの最新アルバムHOMELESSを聴いてから、その間を埋めるようにして他のアルバムを聴いてみると面白いですよ!
出典:Amazon. co. jp
ちなみに、この2枚以外で私が一番気に入ったのは、コッペル脱退後のアルバムになってしまいますが1986年リリースのKEJSERENS NYE KLÆDERです。(タイトルの読みかたがわからない…)
コッペル自身はThe Savage RoseよりもBazaarで活動していた期間のほうが長く、Bazaarとしては10枚のアルバムを出しています。Bazaarはロックというよりもジャズ寄りで、電子音楽も絡めているのかThe Savage Roseとはまた違った浮遊感が楽しめます。安定したパーカッションのリズムにフワフワとしたエレクトリックな音色が乗っている、何とも不思議な感覚なんですよね。先述のように、不安定な旋律が出てきても心がかき乱されない。私の乏しい語彙ではこれ以上詳しく描写できないのが残念ですが、本当に不思議なんですよ。
余談ですが、コッペルのファーストネームであるAndersを「アンダース」ではなく「アナス」と読むのは、デンマーク語ではl、n、rの直前に置かれたdを発音しないからなのだそうです。かの有名な作家Andersenも日本では「アンデルセン」として知られていますが、現地では「アナセン」(発音に忠実に表記すると「アナスン」)なのだとか。デンマーク語、恐るべし…。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
次回は番外編第3弾。とある有名な作曲家のピアノ小曲集をご紹介する予定です。高校時代、音大を目指していたクラスメートの演奏に憧れて一生懸命練習した曲も含まれている(とはいえ、当時の私にとっては難しすぎて最後まで通して弾けたのはわずか数回ですが)、とても思い入れのある作品集です。どうぞお楽しみに☆