みなさん、こんにちは!SAORIN☆です。
前回のコラム、楽しんでいただけましたでしょうか?このマイナークラシックコラムでは「インパクトがあって最後まで飽きずに聴ける」という作品をご紹介していきますが、テンポや構成、全体的な雰囲気などは作品によってさまざまですので、前回ご紹介した作品を実際に聴いてみて「気に入った!」という方にはもちろん「ちょっと好みじゃないな…」という方にも、まだまだお付き合いいただけたらうれしいです。
さて、2回目となる今回のコラムでは、私がマイナークラシック音楽にのめりこむきっかけとなった作品であるロシア人作曲家ヴァシリー・セルゲイェーヴィチ・カリンニコフ(Vasily Sergeyevich Kalinnikov)の交響曲第1番(正式名称は、交響曲第1番ト短調)をご紹介します。
1866年、カリンニコフはロシア帝国のオリョール県ヴォイナで生まれました。ロシアの代表的な作家であるツルゲーネフと同郷ということになります。
カリンニコフは少年時代に早くも楽才を発揮しており、14歳で地元の聖歌隊の指揮者を務めるほど才能に恵まれていましたが、家が貧しく学費を納入できなかったためにモスクワ音楽院を退学させられています。
モスクワ音楽院退学後は、奨学金を得てモスクワ楽友協会付属学校でファゴットを学びながら和声法や対位法とフーガ、管弦楽法を習いました。相変わらず生活は厳しく、劇場の楽団で演奏をする傍ら、写譜家としても働いて生計を立てていたとか。
26歳の時にはその類まれな才能をチャイコフスキーに認められ、劇場や歌劇団専属の指揮者としても活動し始めました。しかし、積み重なった過労によって結核にかかり、比較的温暖であるクリミア半島のヤルタという都市で療養生活を送ることになりました。
2つの交響曲(第1番・第2番)と「皇帝ボリス」のための劇付随音楽は、療養生活中に作曲されたもので、交響曲第1番はカリンニコフが29歳の時に完成しました。
交響曲第1番はカリンニコフの存命中にモスクワ・ベルリン・ウィーン・パリの4都市で演奏されましたが、病状悪化のため記念すべき初演にも立ち会うことはかないませんでした。つまり、カリンニコフは自身の作品が実際に演奏されるのを一度も聴くことができなかったということになります。
そして療養生活の甲斐なく、カリンニコフは35歳の誕生日の2日前にこの世を去りました。その早すぎる死は今もなお惜しまれています。もっと長く生きていられたら、その名が歴史に深く刻まれたかもしれないのにと…。
カリンニコフの作風はチャイコフスキーに倣うところが多い一方で、民謡や民族音楽の要素も取り入れています。それは、国民楽派である「五人組」(バラキレフ、キュイ、ムソルグスキー、ボロディン、リムスキー=コルサコフ)の影響によるものであると言われています。
一見(一聴?)洗練された西欧楽曲なのに、ところどころで土の匂いが感じられるのはそうした背景があるからなんですね。
私がこの作品に出会ったのは、高校3年生の夏休みでした。
私が生まれ育った地域には管弦楽部のある高校が2校しかなかったのですが、その貴重な2校が歩いて10分ほどの近場にあったために、合同で演奏会をしたりイベントに出たりと交流も頻繁にありました。常にメジャーな作品を選ぶ(というかメジャーな作品しか知らない)こちらとは違い、ロシアのロマンチックな作品が大好き!あまり広く知られていないマニアックな作品も大好き!という雰囲気を持つその高校の定期演奏会で聴いたのが、まさにカリンニコフの交響曲第1番でした。
カリンニコフ…それまで全く耳にしたことのない名前の作曲家だったために、正直なところ私はあまり期待せずに開演を迎えました。
ですが、いざ演奏が始まってみると第1楽章の初めにさっそく展開される美しく印象的な旋律に心を奪われたかと思えば、ロマンチックな旋律が幾度となく現れては消え、飽きる隙も与えられないまま、あっという間に第4楽章が終わりを迎えました。
これほどまでに作品の世界に引き込まれた経験は初めてで、当時の私にとってはかなり衝撃的な出来事でした。
夏休みが終わり、受験勉強一色となった私が再びカリンニコフの作品に触れたのは、ある公民の先生に小論文の添削をお願いしに行ったことがきっかけでした。その先生の授業を受けたことは3年間を通して一度もなかったのですが、何の話題からかカリンニコフが話題にのぼり「CDを何枚か貸してあげるから、指揮者による雰囲気の違いを味わってみなさい」とカリンニコフの交響曲が収録されたCDを3枚ほど貸してくださって…今思えば、私はそこからマイナークラシック音楽にどんどんのめりこんでいったんですよね。
それまで指揮者にこだわったことのなかった当時の私が聴いても演奏に現れる違いがわかりやすく面白いと思ったので、今回はその先生に貸していただいた3枚のCDを簡単な感想を交えながらご紹介します。
1枚目は、NAXOSレーベルのクチャル盤。指揮はテオドレ・クチャル(Theodore Kuchar)、演奏はウクライナ国立交響楽団。
NAXOSは世界中のマイナークラシック音楽を積極的に世に送り出していることで有名なレーベルですが、このクチャル盤はNAXOSの中でも異例の大ヒットを遂げています。比較的手頃な値段ということもあり、カリンニコフの人気の火付け役となりました。
3枚の中で私が1番気に入ったのがクチャル盤。抽象的な表現になってしまいますが、情熱と透明感がバランス良く共存する、軽やかで心地よい演奏にうっとりと聴き入ったことは今でも記憶に残っています。第4楽章のテンポがやや遅めで好みが分かれるところですが(個人的に第4楽章は速めのテンポが好き)、旋律を聴かせることに徹していると考えればアリな演奏なんじゃないかな。
2枚目は、EXTONレーベルのアシュケナージ盤。指揮はウラディーミル・ダヴィドーヴィチ・アシュケナージ(Vladimir Davidovich Ashkenazy)、演奏はアイスランド交響楽団。
クチャル盤と比べると、若干もたつきが気になるような…。好みの問題ではありますが、私の中では演奏の透明感や軽やかさが印象的なクチャル盤に軍配が上がりました。ただ、第4楽章に関してはアシュケナージ盤のほうがクチャル盤よりも速いテンポでサクサクと展開していくので、多少のもたつきは見受けられるものの、フィナーレとしてはより華やかに感じられると思います。
カリンニコフの交響曲第1番というと、どこか憂いや陰のある演奏になることがほとんどですが、アシュケナージ盤はカリンニコフの作品に不思議と明るさを宿らせてしまっている、ある意味珍しい演奏です。他の指揮者による演奏を聴いてからアシュケナージ盤を聴いてみると、明暗の違いがわかりやすいと思いますよ。
3枚目は、ARTE NOVAレーベルのフリードマン盤。指揮はサミュエル・フリードマン(Samuel Friedmann)、演奏はロシア・フィルハーモニー交響楽団。
フリードマン盤はテンポが遅すぎて、聴いているうちに疲れてしまう…。1度は最後まで通して聴きましたが、再び手が伸びることはありませんでした。
最近になってネットでいろいろと眺めていたら、やはりテンポの緩慢さを指摘するレビューが多く見受けられました。作品の雰囲気に合わせたテンポで演奏するのって大事なんだなーと痛感。
個人的にはあまりオススメしませんが…好みは人それぞれですし、1度聴いてみてもいいかもしれません。
ここまで私が高校時代に聴いたカリンニコフの交響曲第1番のCD3枚を簡単にご紹介してきましたが、聴き比べに関心がある方もいらっしゃるかと思いますので、個人的なオススメを2枚ほどご紹介しますね。
オススメの1枚目は、CHANDOSレーベルから出ているヤルヴィ盤。指揮はネーメ・ヤルヴィ(Neeme Järvi)、演奏はロイヤル・スコティッシュ・ナショナル交響楽団。
カリンニコフの交響曲第1番に関してはこのヤルヴィ盤に人気が集中しているようで、指揮にも演奏にも定評があります。全体的に速めのテンポですが、テンポを緩ませることなくガンガン進んでいく一方で注ぎ込む情熱は途切れず、微かに陰を醸し出しつつも華やかさを感じさせる非常に上品で印象的な演奏となっています。
他のCDに比べて音の輪郭を捉えやすいというのも大きなポイントかな。とにかく1度はこのヤルヴィ盤を聴いてみてほしいです。
オススメの2枚目は、altoレーベルから出ているスヴェトラーノフ盤。指揮はエフゲニー・ヒョードロヴィチ・スヴェトラーノフ(Yevgeny Fyodorovich Svetlanov)、演奏はソヴィエト国立交響楽団(USSR交響楽団、現スヴェトラーノフ記念ロシア国立交響楽団)。
このスヴェトラーノフ盤、元々はロシア最大のレーベルMEЛOДИЯ(メロディア/メロディヤ)から出ていた1975年の録音のようです。
指揮者スヴェトラーノフとUSSR交響楽団は黄金コンビと呼ばれており、ロシア及びソヴィエトの主要な作曲家のほとんどの作品の録音を残しているとか。
弦楽器・管楽器ともダイナミックさで魅せる演奏となっており(打楽器はちょっと聴こえにくいかも)、飽きることなく最後まで聴くことができます。オススメ1枚目のヤルヴィ盤と比べると、野性的にガシガシ進んでいく感が否めませんが、メリハリの効いたカリンニコフを堪能するならこのスヴェトラーノフ盤をオススメします。
ちなみに、スヴェトラーノフ×NHK交響楽団(N響)のCDも出ています。
こちらはUSSR交響楽団のようなダイナミックさが見られず、全体を通して軽やかで優しい雰囲気の演奏に仕上がっています。インパクトにはやや欠けるものの、落ち着いたBGMとしては最適なんじゃないかな。
同じ指揮者でも楽団が違うとこうも変わるのか!ということを体感するという意味でも、2つのスヴェトラーノフ盤を聴き比べてみると面白いですよ!
ところで…クラシック音楽を初めて聴く方にとっては、交響曲って特に敷居が高いものなのではないでしょうか?基本的には4楽章構成で、トータルの演奏時間が長くなりがちなので、聴いている途中で飽きてしまうこともあるかもしれません。
でも、交響曲は各楽章の構成がある程度決まっていますので、それがわかっていれば難しそうだからという理由で交響曲を敬遠することもなくなるのではないかと思います。
そんなわけで、ここからは交響曲の構成を簡単にご説明します。カリンニコフの交響曲第1番ではどうなっているのか?ということについても軽く言及していきますね。
第1楽章:ソナタ形式(後述)で構成されており、第1主題(テーマとなるフレーズ)が冒頭で提示されます。交響曲の始まりを飾る楽章なので、勢いのある速いテンポの曲であることが多いです。
カリンニコフの交響曲第1番では…冒頭の第1主題である弦楽器のユニゾンに加え、ほどなくしてチェロによる第2主題が現れます。その軽妙な和声の変化や明瞭な旋律性、古典的な伝統に根差した音楽形式は、チャイコフスキーの初期の作品を彷彿とさせます。
第2楽章:緩徐楽章と呼ばれます。ゆったりと落ち着いたテンポで、ひときわ美しい旋律が提示されることが多いのもこの楽章の特徴です。
カリンニコフの交響曲第1番では…ハープと弦楽器による伴奏に、イングリッシュホルンとヴィオラによる甘く美しい旋律の主題とオーボエによる哀調を帯びた主題が乗り、非常に抒情的な旋律が織りなされていきます。この2つの主題は、病魔に侵され不安と孤独に苛まれていたカリンニコフが眠れぬ夜の静寂の中で着想したものと言われています。
第3楽章:3拍子の楽章で、スケルツォやメヌエットといった舞曲のリズムが使われます。他の楽章と比べて、ユーモラスで明るい雰囲気の曲であることが多いです。
カリンニコフの交響曲第1番では…ロシア舞曲を彷彿とさせる旋律を用いた躍動的なスケルツォとなっています。弦楽器によるユニゾンの主題が現れ、その後オーボエによる民謡風の主題が現れます。主題のユニゾンと舞曲風のシンコペーションのリズムで盛り上げる手法は、チャイコフスキーのバレエ音楽やオペラの舞曲に影響されたものと思われます。
第4楽章:ソナタ形式やロンド形式(後述)で構成されます。また、フィナーレを飾る楽章ということで第1楽章と同等かそれ以上に勢いのある速いテンポで展開されていきます。
カリンニコフの交響曲第1番では…ロンド形式で構成されており、各楽章の主題がすべて再現されます(循環形式)。それぞれの主題に和声的な変化が施されたり、金管楽器による力強い旋律が加えられたりしながら盛り上がり、明るく華やかな雰囲気の中で終結を迎えます。
ソナタ形式やロンド形式については、私が文字であれこれとご説明するよりも、こちらの記事を見たほうがわかりやすいかと思います。参考にしてみてくださいね。
https://composer-instruments.com/explanation-rondo-form/
前回と比べてだいぶ長くなってしまいましたが、いかがでしたか?
夢中になっていろいろとご紹介したものの、一気に5枚(N響を含めると6枚)も聴くのは大変なので、気になったCDから少しずつ聴いてみてくださいね。
ただ、指揮者や楽団の違いによる印象の差を感じていただくためにも、2つ以上の演奏を聴き比べてみることを強くオススメします。
お気に入りの演奏を見つけて、楽しんで聴いていただけたらうれしいです。
次回は、初の番外編です。かつてフィギュアスケートでも使われたことのある作品なので、みなさんもきっと1度は耳にしたことがあるだろうとは思いますが、個人的に大好きな作品だからどうしても触れておきたい!ということで、番外編にてご紹介することにしました。お楽しみに☆
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【参考文献】
「いろはにクラシック」http://irohani.yokochou.com/index.html
「音楽力の泉」https://composer-instruments.com/